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ケミカルブラザーズとは何だったか?

 イギリスはユーロ導入を静観し,テロ対策でアメリカと同様の軍事的手法をとったことで,その勢いを失った。ロンドン・コレクションが不調に終わり,世界 NO.1 の先進性を誇ってきたイギリスというブランドに陰りが見え始めてきた昨今…

 では,音楽はどうか?

 2 月 24 日,東京ベイ NK ホールでケミカルブラザーズのライブはひっそりと幕を開けた。15 分遅れで始まったライブで,彼らが開演曲として選らんだのは『 Come With Us 』だった。怒号のビートから少しずつ顔を現わす『 Come With Us 』のシンセアルペの響き。それに合わせて踊るは,モニターに映し出された白黒のアニメーションのダンサー達など,ライブの始まりは,まさにエンターテイメントそのものであった。会場は「おっ!おっ!おっおっ!」の大合唱で,ジャンプジャンプの嵐。

 最初の一連の曲の流れは,『 Come With Us 』から,木村拓也が出演していた Levis の CM で使われていた『 music : response 』への変化や,『 out ot control 』から『 Star Guitar 』への展開など,どこにも隙がなく,矢継ぎ早に繰り出されるヒット曲の数々は,一瞬にして NK ホールの大観衆を飲み込んだ。

 そこで一端ブレイクした後,大型スクリーンに映し出された夕暮れの映像とともに,『 the sunshine underground 』のシンセの音が鳴り始める。ケミカルブラザーズの曲の中で,僕が一番好きな曲。もちろん展開が読めるので,次第に音が重なり,重厚なベースのリフが重なって,バッチリのタイミングで会場は爆裂する。

 彼らに隙はなかった。彼らの繰り出すほとんどの曲が 4 枚のアルバムからのヒット曲であり,楽しめない箇所など一つもなかった。もちろん T シャツは汗だくだったし,歳のせいか足腰もフラフラになるまで跳ねまわった。

 しかし!しかしである。

 何かが足りない。それが,冒頭で述べた「音楽はどうか?」である。エンターテイメントとしては十分に合格点だと思うのだが,何とも言えないポッカリとした穴が開いたまま終わった感じがした。

 今回会場に足を運んだ人がどの程度この空虚感を感じたかわからないが,「十分楽しかった。でも…。」の「でも」が残った人は少なくないのではないだろうかと思う。

 1989 年,マンチェスター大学でトム・ローランズとエド・サイモンズは出会い,ダスト・ブラザーズという名義で DJ 活動を始める。大学卒業後,ロンドンに移り住み DJ 及びリミキサーとしてのキャリアを積み,1994 年にケミカル・ブラザーズ名義(ダスト・ブラザーズという名前はパクリだったために改名されたと言われている)で発表されたアルバム『さらばダスト惑星』で大ブレイクする。

 日本から始まった彼らのライブツアーは,世界を忙しなく回っている。これは,彼らが作品に投資する時間に比べたら,ものすごい短い時間であるようにも思う。

 ライブは生ものである。

 U2 のツアーのように,全身で震えるような感じを,僕は今回のケミカルのライブに見る事はできなかった。もしかしたら,タイミングが合えばまた違った感覚を持ったのかもしれないが,これがライブが生であることの,最大の意味であるともいえるだろう。

 それでも僕は,これからもケミカルブラザーズを応援し続ける。なぜなら,彼らは僕をテクノ世界へいざなってくれた最大の功労者なのだから。

 イギリスは必ず復活する。

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