bemod

2004年12月06日

風の帰る場所

宮崎駿/聞き手:渋谷陽一/ロッキング・オン

風の帰る場所文句なしに素敵な本。いい加減で、誠実で。二人とも背負ってるものが大きいんだな。みんなを食わしてるという経営者的な立場を踏まえた二人の会話は、ただ哲学を述べるだけの評論家とは違う骨太さがある。音楽評論家としての渋谷陽一は好きでも嫌いでもないけれど、赤い壁をバックに撮られた宮崎駿の写真(本書の扉に掲載)が渋谷の手によるものだと知りちょっと見方が変わった。おそらくあの写真は、後に宮崎駿を語る重要な写真になっていくと思う。

宮崎駿の作品の中で、僕が好きな作品は『ラピュタ』『魔女の宅急便』『カリオストロの城』。実は商業監督と割り切って作った作品の方が、彼のイデオロギーが表出している作品より好きだったりする。なぜなら、彼の思想的な部分は『もののけ姫』を見るよりも、宮崎駿の話を聞くほうが僕にとってはより胸に染み入るからだ。(そんなもんで宮崎駿がぶつぶつ言いながら原画チェックやってるメイキング映像が一番好きだったりするわけですが…)

中森明夫は彼の作品を「盆暮れの恒例行事」と言うけれど、僕はそんな恒例行事化した『千と千尋の神隠し』で初めて泣いた。作品に感動したわけじゃなく、エンドロールをぼんやりと眺めているうちに涙が溢れてきたのだ。その理由は、宮崎駿の以下の言葉に尽くされている。

〈「例の同時多発テロのことを友人と話していて、『いやあ、これはエライことになりましたな』『こんな大量消費のバカなことをやってて文明はめちゃめちゃになります』って話してたんですけど、その会話の席にね、もっと駄目になるとわかっている日本で生きていかなきゃいけないその友人の娘がちょこちょこっと歩いてきたらね、この子が生まれてきたことを肯定せざるを得ないよねって、とにかくそれだけは否定できないというところに落ち着いたんですよ。
(中略)
この子が生まれてきたことに対して、『あんたはエライときに生まれてきたねえ』ってその子に真顔で言ってしまう自分なのか、それともやっぱり『生まれてきてくれてよかったんだ』っていうふうにいえるのかって言う、そこが唯一(笑)、作品を作るか作らないかの分かれ道であって、それも自信がないんだったら僕はもう黙ったほうがいいなっていうね。だから、どんな状態になっても世界を肯定したいっていう気持ちが自分の中にあるから、映画を作ろうっていうふうになるんじゃないかと思うんです。」〉

宮崎駿が手塚治虫を否定しながら現在の場所まで辿りついたように、宮崎駿を否定することでまた新しい場所が開けてくるのだということだけはわかる。わかるんだけど、ではそれをガチンコでやれる人がいるのかって言えば…それはまた難しい問題に直面する。とにかく飼い犬は主人を噛めないって事だけは確からしい。じゃあどうするか? うーん。

Posted by Syun Osawa at 00:19