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2005年01月21日

性的人間

大江健三郎/新潮社

性的人間表題作「性的人間」は、文学座あたりの新劇の芝居や日活の古い邦画みたいでなかなか新鮮だった。物語の前半が港町の高台にある一軒家だったせいで、妙に立体感のある会話劇がとても印象に残っている。性に対する考え方はさすがに時代が違うから何とも言い難い。後半の痴漢電車は今的な問題も含んでいて悪くない。ただ、反社会的な性という時代感覚はもはやないので、巷に溢れる性小説の歴史教科書の一編という感じにしか映らなかった。

「セブンティーン」はかなり強力な短編。オナニーばっかりしてるダメ少年が右翼になる話。シンプルな構造の物語なので今的問題にも置き換え可能だ。少し前なら世間の非難を浴び続けるカルト教団に入信する17歳。今なら「2ちゃんねる」で暴力&差別的な発言を繰り返す「ネット右翼」になる17歳といったところか。明快な物語は時代を超えるのだな。とても面白く読んだ。機会があれば続編の「政治少年死す」も読んでみたい。

妄想に突っ走る「共同生活」もなかなか偏差値の高い短編。妄想の中に登場する猿や虫は、『殺し屋イチ』の山本英夫の世界に通じるものを感じる。本書の解説にこの短編は「人間の裸の存在とはなにか」というサルトルの実存の問題を主題にしていると書いてある。なるほどそうか。現代っ子(自称)の僕なんかは虚構の中に自分の存在価値を求めがちだけど、ちゃんと現実の中で煩悶と生きる姿が描かれているあたり、キュビズムの絵を見るような古き良き新鮮さを感じた。

とはいえ、全体的には今の自分達が共有する問題と大きくは変わっていない。そこがなんとも空しい。「俺達に明日がない」というような絶望をビシビシやりながら、書いてる本人しっかり長生きしてるし。

Posted by Syun Osawa at 00:10