bemod

2005年03月06日

吼えろペン(全13巻)

島本和彦/小学館/漫画

吼えろペン前作『燃えろペン』(全1巻)の続編。前作を買ったのが中学のときで、それから自分でも漫画を描き始めて、挫折して、そして続編を読んだので何とも妙な気分になってしまった。

本作では、主人公の炎はすっかり職業漫画家になっている。相変わらず熱い人ではある。ただし自分の彼女が描いた(凄く手の込んだ)背景に何度もリテイク(描き直し)を出すようなことはもうない。さらに前作と同じように漫画業界の裏側を舞台にしているものの、今回は怪獣も出れば殺し屋も出てくるので色合いはかなり異なっている。本来ならこの時点でこの漫画を読むのを辞めているんだけど、島本和彦は前作にあった「熱い思い」をヒーローという新人アシスタントに託している気がして、その一点のために僕は最後まで読みきった。

「アシスタントは長くやるもんじゃない。」

漫画のアシスタントをやっている人はよくこんなことを言う。どこぞの漫画家のアシスタントになって、自分の描いた背景やモブ(群集)が雑誌に掲載されても、所詮それは人の作品であって、自分の作品じゃない。技術の習得をするためにアシスタントになるのはいいが、それ以上のものは望めない。という意味の言葉である。

炎プロのアシスタントは3人。ヒーローは新人だが、あとの二人は専業アシスタントとして仕事をしている。専業アシスタントの二人は自分の漫画を描かないが、ヒーローはアシスタントの仕事と自分の作品との間で悩み続ける。なぜならヒーローは漫画家になるためにアシスタントをしているのだから。島本和彦はこの点を執拗に描いている。

例えば『吼えろペン』(7巻)にこんな話がある。

ヒーローが卒業した漫画専門学校の同窓会に、売れっ子となった高城将がやってきて「えー本当は「メカアクションもの」が描きたいのに、日和ってラブコメ描いたら大うけで―やめられなくなった高城将です。」と挨拶をする。そして、高城とヒーローが顔をあわせたとき、今だデビューさえも果たせないヒーローは高城に向かってこう言うのだ。

〈正直言って二つある。ひとつはうらやましい! そしてもうひとつはうらやましくない!〉

この苦しみが『吼えろペン』の核なんだと思う。ヒーローはこの後、高城の好意によってデビューのチャンスが与えられる。何が何でもデビューしたいヒーローは高城のように自分の本意ではない美少女モノを描くが、それが自分の本当に描きたいものではないとして、最終的に自らデビューのチャンスを断ってしまう。正直ではあるが、はっきり言って要領の悪い態度だ。炎なら絶対にそうはしなかっただろう。炎=作者はそうしないのに、ヒーローという若者にそうさせているところに、島本和彦の現在を見つめる冷静な視線があると思う。

最終巻の最終話で、ヒーローはいよいよデビューを果たす。しかもそれは、出版社間のゴタゴタに便乗してのかなり強引なものだった。そして彼の漫画は低迷する人気漫画を尻目に読者アンケートで1位を獲得してしまう。ところが雑誌の都合で突然連載が打ち切られ、今度はメディアミックスによる版権モノの漫画を描いてくれと依頼される。版権モノの作品は、自分の描きたい漫画ではなかったが、ヒーローはもう迷わない。彼はその依頼を快諾する。そう、彼はプロの漫画家になったのだ。

『吼えろペン』はヒーローにとってあまりにも悲しい結末を迎える。結末だけじゃない。彼のデビューを巡る話はとても不幸である。だがよく考えてみれば、漫画家になりたいと願ってもそのほとんどが漫画家になれるわけではない。そういう意味ではこの「不幸」は珍しいものではない。だからこそ、そこを執拗に描き続けた本作には「人生の真理」めいた何かを感じるのだ。これは島本和彦作品のすべてに共通していることだが、「危険な道と安全な道があれば、迷わず安全な道を選べ」と言いながら、その一方で「心はそうじゃないんだぞ」と訴える彼の作品群は、閉塞社会を上手に生きることのできない僕の胸に鋭く突き刺さる。

PS.
『吼えろペン』は基本的にドタバタコメディなので、暗い話ではないです(怪獣も殺し屋もいろいろ登場するし)。ヒーローに関する話にこそ、ボクは作者の思いを感じるので、強引に引っ張って感想を書いてみました。

Posted by Syun Osawa at 00:27