bemod

2009年08月02日

岸田劉生展

2009年4月25日−7月5日/損保ジャパン東郷青児美術館

岸田劉生展この展覧会では岸田が22〜23歳の頃に描いた肖像画が多く展示されていた。

肖像画がズラッと並んでいるだけなら、見るほうも描いているほうも飽きてしまいそうなものだが、これが意外と飽きなかった。というのも、一枚一枚微妙に異なるタッチで描いており、カメラのピントを合わせるような感覚で具象画の抽象度をコントロールしているところが面白かったからだ。

師匠が黒田清輝ということもあって、初期の一部の作品は、印象派からの影響を強く受けている。しかし、その後はそうした「〜派」といった西洋からのスタイルを模倣するというよりは、自分のオリジナルを求めるチャレンジを続けていたように思う。特に輪郭線が顕著で、藤田嗣治が西洋画に日本画の主線を取り入れたように、輪郭線をいかに使うかというところで苦心していたのではないか。

ときには朦朧体のような形で輪郭線を浮かび上がらせたり、彩度の強い塗りに細くて濃い輪郭線を重ねてハイパーリアルな画面をつくりだしている。特に後者のほうは教科書などでもよく使われる絵に多く見られる傾向で、岸田劉生の代表的なタッチともなっている。

代表的といえば、娘の麗子を描いた作品がかなり有名だと思うのだが、今回いろいろな発見があった。教科書に載っている麗子より、実物はもう少しほっそりしていて可愛いのだ。ではなぜ岸田は麗子を座敷童女のように描いたのだろうか。

岸田は麗子の絵を数多く描いており、よく見るとこれも少しずつタッチが違う。しかも、タッチだけではなくて造形も違うのだ。最初の頃は普通に描いているのだが、途中からだんだん顔が平べったくなっている。

作品を順に見ていくと《笑う麗子像》あたりからかなり雲行きが怪しくなっている。この変化は中国の妖怪に感化されたものらしく、気がつけば作品名が《野童女》となって麗子の名前すら消えていた。極めつけは二人の麗子を描いた《二人麗子像(童女飾髪図)》だろう。グロテスクだし、妙に悪ふざけなところもあって、このあたりにも岸田の芸術性みたいなものを見た気がした。

ほかにも、光の当て方を師匠の外光派的な乱反射ではなく、脂を塗った静物にスポットライトを当てたような光で肖像画を描いていたりして、マチエールに対する強い思いを感じた。晩年になってもタッチが一定でないところにもそういう思いは表れていると思う。

それにしても、自分の顔描くの好きやな、この人w

Posted by Syun Osawa at 02:13