bemod

2009年08月13日

貧困のない世界を創る

ムハマド・ユヌス/訳:猪熊弘子/2008年/早川書房/四六

貧困のない世界を創る「貧困ビジネス」と聞くと、貧乏人から金をむしりとるやくざなビジネスを連想しがちだが、著者のユヌス氏が行っているビジネスは貧困者を救うためのビジネスである。このビジネスは社会的利益を追求することを目的にした「ソーシャルビジネス」と呼ばれるもので、この理念に基づいて彼が創設したグラミン銀行は2006年にノーベル平和賞を受賞した。

グラミン銀行は通常の銀行が相手にしないような貧困者を「経済の行為者」であると認めて、貸し付け(マイクロクレジット)を行っている。一見すると、これは日本のサラ金のシステムと同じように思えるのだが、サラ金が貸す側の利益追求を目的にしているのに対して、グラミン銀行は貸し付けによって貧困者が自立することを目的としている点が大きく異なる。

僕の中で貧乏人に対する貸し付けは、『ナニワ金融道』の世界みたいに貧乏人をさらに貧乏にするための蟻地獄だと思っていたから、この本を読んで借金に対する少し考え方が変わった。グラミン銀行は貧しい人ほど借金の利率が低くなるように設定されている。貧しい人に自ら資本を持たせることで、彼らの意識を変革し、少しずつ自立への道を歩まそうとしているのだ。そして、女性にターゲットを絞って貸し付けを行っている。男性は自分のためにお金を使うが、女性は家族のためにお金を使うからというのが理由らしい。

これらはとても素晴らしいアイディアに思える。でも、常識的に考えれば果たしてそんなことが本当に可能なのかと、疑問に思うのも当然だろう。ビジネスである以上、黒字を続けていかなければ潰れてしまうわけで、そういう市場の厳しさのなかで、このビジネスを展開するためには経営者にかなりの手腕が要求されるのではないか。

配当金も出ない会社に誰が投資をするのかという疑問に対して、ユヌス氏は「寄付よりいいだろ」と答えている。それで投資家が納得するのかどうかはわからないが、寄付や施しによる貧困の救済があまり好きでない僕にはこの話は同意できる。なぜなら、寄付や施しではそれを受ける側の依存を奨励する形になってしまい、イニシアチブや責任を奪ってしまう危険性があるためだ。ただ、それでも…という気持ちは消えない。

ともかく、グラミン銀行はとても社会的に意義のあることをやっていて、しかもそれがビジネスとして成立している。それはボランティアや寄付とも違っており、ビジネスの成功が社会貢献に繋がるという仕組みになっていることもわかった。

ただし、あくまでもそれはビジネスの輪郭というか概念的な話であり、実際のビジネスの現場ではユヌス氏ら経営陣のマンパワーに依存しているところが大きいように感じる。「ソーシャルビジネス」としての明確な像は、はっきりと掴むことができないままだ。

すべてのビジネスはソーシャルビジネスの考え方で再読み込み可能なのか、それともソーシャルビジネスとして成立できる限られたジャンルのビジネスが存在しているのか、そのへんのこともわからないままだった。

しかしながら、現実的な問題として、現状のビジネスと無償の寄付の間にはあまりに大きな隔たりがあることは事実である。そして、その隔たりを、ソーシャルビジネスが埋める可能性を秘めていることは間違いなさそうだ。

個人的には、ファンドマネージャーへの富の集中などはまったく好ましい事態だとは思っておらず、地球が有限で環境に対する議論が高まっている今の時代、もう少しビジネスは社会環境をよくすることにベクトルを向けてもいいのではないかと思う。それが結果的に自分たちの利益に還ってくるということがシンプルに実現できれば、それが一番いいのだろう。

Posted by Syun Osawa at 00:23