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2009年10月09日

バトル・ロワイヤル 特別篇

監督:深作欣二/2000年/日本

バトル・ロワイヤル 特別篇学生時代に『仁義なき戦い』五部作が好きだったこともあって、同じ監督がメガホンをとった『バトル・ロワイヤル』も公開当初からずっと観たかった。当時この映画は、中学生同士が殺しあうという残忍な内容が社会問題化し、それに乗じた深作ブームが起きていた。そうしたブームに冷淡な僕は、結局この映画を観ないままだった。流行すると興味がなくなるのは昔からの悪い癖だ。

さらに、学生時代に毎日一本と決めて観ていた映画も、卒業すると同時にまったく観なくなった。しかも東京に上京してからはアニヲタに回帰してしまってこともあって、気づけばアニメしか観なくなっていた。そんなわけで、もう二度と観ることはないだろうと思っていた本作だが、最近、金田一シリーズで久々に実写映画を観るようになったこともあって、その勢いに乗って見ることにした。

わかりやすい内容で面白かった。原作は読んだことがないが、本当なら差し挟みたかったであろう個々の登場人物たちの回想パートが、かなりダイジェスト風に扱われていて、ドラマとしては少しだけ乗り切れなさが残った感は否めない。それでも、今回観た「特別篇」はオリジナル版にエピソードなどが追加されているらしいので、公開当初の作品よりは深みの増した作品に仕上がっていたのだろう。逆に考えれば、オリジナル版は本当に殺し合い重視の映画だったとも言えるが…。

そんな本作の中で、僕が一番好きだったシーンは、中川典子(前田亜希/あきにゃ)が森に逃げたとき、そこに相馬光子(柴咲コウ)が座っていたシーンだ。中川が殺されるかもしれない絶対絶命の状況で彼女を救ったのは、このゲームの指揮者であるはずのキタノ先生(ビートたけし)だった。いじめられていた中川と学校ではずっとバカにされていた先生が、実は学校外で心を通わせていたというエピソードが本編の中でも差し挟まれている。藤原竜也が熱烈に演技していたシーンもよかったが、このシーンのようなスッーと空気を凍りつかせる形で、世界とそこに潜む悲しさを演出できるところに、深作監督の才能をヒシヒシと感じる。

この作品以降、「バトル・ロワイヤル」という言葉がいろいろなところで使われるようになった。今の世の中もこの映画のゲームボードのようなものであって、その状況が理不尽だと思ったとしても戦わなければ生き残れないという意味で使われているのだ。これはセカイ系批判の文脈でもたまに使われたりする。

でもベタにこの映画の内容を受けるならば、この比喩は少しおかしい。というのも、たとえ戦ったとしても一人しか生き残れないからだ。この映画で最後に生き残った三人は、このゲームボードの構造を理解し、その外側に出たからこそ生き残ったのだ。他に死んでいった数名の生徒も、生徒同士で戦うのではなく、ゲームボードの外側に出ることを試みていた。彼らはゲームボードの内側で戦っていたわけではないのだ。この点はとても重要だと思う。つまり、ゲームボードの内側にとどまらせ、「戦わなければ生き残れない!」といったプロパガンダをする人こそ十分に警戒する必要があるのだ。決断主義には気をつけて!

深作作品やっぱいいな。『仁義なき戦い』も見返そうかな…。

Posted by Syun Osawa at 01:42