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2010年12月11日

スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン

カーマイン・ガロ/訳:井口耕二/2010年/日経BP社/四六

スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン ― 人々を惹きつける18の法則スティーブ・ジョブズに関する本は日本でも人気が高く、図書館に行くと貸し出し中になっていることが多い。じゃあ買えばいいということに普通はなるのだが、僕は自分の中で本の取得ルールを決めていて、ジョブズ本はそれから漏れるために予約して待つことにした。

ちなみに、取得ルールというのは、手に入れる本の3割を新刊、3割を古本、4割を図書館で借りるというルールだ。本当は全部図書館でもいいのだが、本屋に行くのもブックオフに行くのも好きなので、勝手にこういうルールにしている。

話がそれた。

予約して待つこと数ヶ月。ようやく手にしたこの本に書かれていた内容はいたってシンプルなものだった。ここでサラッと箇条書きにしてしまえば済んでしまうくらいに。でも、そうはしない。なぜなら、ジョブズはプレゼンをするときに、決して箇条書きで人に説明したりしないからだ。

僕はジョブズのトークが好きで、日本語訳のついたものをYoutubeなどで結構見ている。彼の話す内容はとても簡単でわかりやすい。にも関わらず、いつも感情を動かされる。

ジョブズは彼自身の頭のよさを印象付けるためのレトリックやジャーゴンを決して使わない。そのために、話が終わった後に、その話によって導かれた目的が非常にクリアになっているのだ。一方、日本の批評関連のトークショーなどに行くと、何かを話したという痕跡だけは残るのだが、それが終わった後に何かがクリアになっているということはまずない。これはもともと思考の方向が違うのだから当然と言えば当然なのだが、批評関連のトークショーに慣れすぎてしまって、話すこと自体の自己目的化に対して無自覚になっている自分に気づいた。

この本では、パワーポイントによる定型の箇条書きを批判している。プレゼンテーションは一本の物語である必要があり、箇条書きで示されるような内容が、一つ一つその物語の上で展開されなければならない。言われてみるとたしかにそうだ。箇条書きは大変に便利だが、ゲームで言うところの選択肢と同じで、その瞬間に複数の物語を抱え込んでしまうことになる。

視聴者の思考のベクトルが複数化して、プレゼンターが導きたい方向にブレが生じてしまうためだ。さらにジョブズは難しい言葉を一切使わず、言いたいことだけをシンプルに言う。その演出としてスライドなども用いるが、そのスライドの中に不要な文字を書き込んだりはしない。シンプルな言葉とわかりやすい映像、ごくごく当たり前のことなのに、これを実践できていないプレゼンは少なくないだろう。

実際、僕も箇条書きになれてしまっていて、上手いプレゼンができているとは言いがたい。僕の職場で考えた場合、ジョブズくらい明快な物語をつくってプレゼンをすることは、若干過剰演出かなとも思うが、ここに書かれているごくごく当たり前のこと(伝えたい情報を絞る)ということに対して、僕はまだまだ思考の詰めが甘かったようである。

考えるということは、何もものを複雑に考えるばかりではない。いかに複雑なものを簡単にするかを考えることも、考えるということなのだ。少し前に本間正人、浮島由美子『 できる人の要約力 』という本を読んでいて、今回の本はその流れで読んでいる。これまでは批評関連の本をちょくちょく読んでいて、世の中にあふれるポップな日常を複雑に捉えるということに心血を注いでいたが、今はその逆の思考でものを考えてみたいという気持ちになっている。そういう意味で、今回の本は大変に勉強になった。

Posted by Syun Osawa at 01:27