bemod

2011年04月27日

モネとジヴェルニーの画家たち

2010年12月7日−2011年2月17日/Bunkamuraザ・ミュージアム

モネとジヴェルニーの画家たちチケットショップで安く買い込んだチケットの1枚がこれ。いろいろなチケットと合わせて買ったので、その存在を忘れてしまっており、気づいたらあと展示期間があと1日という状況になっていた。捨てるのももったいないので、会社を定時で帰宅して行くことにした。

東京写真美術館へ 「3Dヴィジョンズ ― 新たな表現を求めて」展 を見に行ったときは、20時まで開いていたのでよかったのだが、ここは19時までしかやっていない(最低でもあと1時間伸ばすべきではないのか)。そのため、わずか30分くらいでザッと見るだけになってしまったのは少し心残りである。

で、展示内容の話。

この展覧会はフランスのジヴェルニーに集った印象派の画家達の絵を集めたもので、目玉はもちろんクロード・モネの連作《睡蓮》だろう。僕がもともと知っていた作品もそれくらいしかない。残念なことに、《睡蓮》シリーズは何枚もあって、僕が今回見たものがどのくらいの価値のある絵なのかもわからない。以前どこかの美術展で《睡蓮》は見たはずなのだが、それと今回の《睡蓮》が同じなのか、それとも違うのか、それすら僕にはわからなかった。

そもそも印象派の絵は、あの妙なキラキラさに違和感を感じてしまって、僕はちょっと苦手なのだ。あのまばゆい光は単なる技法によるものだと思っていたし、そこにどこかうそ臭さを感じていたりもしたからだ。展示されていた絵の多くは、モネが住んでいたジヴェルニーという場所で描かれたらしく、写真パネルが何枚かあった。その写真を見ると、植物の手入れが行き届いていて、とても美しい。そこで僕の考えは少しだけ修正された。

印象派のあのキラキラした表現は、ジヴェルニーの空気感を上手く描き出している。もちろん他の画家達は、モネに引きずられる形で印象派の技法を選択したのだとは思うが、例えそうであっても、あの技法しかないと思わせるような美しい自然がそこにはあったのだ。

19世紀に自然主義の影響を受けて大量の風景画が描かれるようになり、その後、写実性の追求を超えて印象派の絵画が生まれていく過程に、僕は作家の恣意的な力学だけを汲み取っていた。でもそれは、描かれる対象のほうをあまり深く考えていなかったからだ。ジヴェルニーの美しさには、作家に光を表現させたいという意欲を掻き立てるような雰囲気があり、それが作家達の技法の追求との間で運よく化学変化を起こしたのだろう。その結果が今回の絵画展なのだということに、ポストカードを買おうかどうか迷っている売店の前で気づかされた。

Posted by Syun Osawa at 20:49