bemod

2012年07月18日

ヴィシェグラード4カ国東京映画祭 ハンガリーアニメ上映会

2012年2月16日/19:30−21:00/駐日チェコ共和国大使館

アニドウからのメールで知ったイベント。会社から近かったので、仕事帰りに参加。大使館に入ったのは生まれて初めてだったので、その内装の美しさに圧倒されっぱなしだった。さすがに国の顔だけにお金かけてるねぇ。

上映されたのは次の作品(ソースはアニドウの公式サイト)。

ハンガリー民話「靴をはきつぶす王女たち」
ハンガリー民話「少年の見た夢」
ハンガリー民話「妬みの報い」
イシュトバーン・オロス監督「ザ・ガーデン」
イシュトバーン・オロス監督「マインド・サ・ステップ!」
トート・パール監督「小さいつぐみ」
ゲーザ・トート監督「マエストロ」
パール・トート監督「夜の釣り」
ホルバート・マーリア監督「夜の奇跡」
ドーラ・ケレステシュ監督「イチ、ニ、サン」
ハンガリー民話「ツェルセルーシュカ」
ハンガリー民話「金の毛の小羊」

ハンガリーのテレビ番組として放映されていた民話アニメが5作品上映されていて、妙にバカっぽい感じだったのがツボだった。洋の東西を問わず民話ってのはどこかバカっぽさがあって面白い。イシュトバーン・オロスの作品は、2008年の上映会 で見ているが、それ以外の作品はどれも初見だった。

とはいえ、アニドウが協力しているということもあって、市販で売られているハンガリー・アニメーションのDVD-BOXに入っているものが大半だったのかもしれない(よくわかんないけど)。

チェコの大使館でハンガリーのアニメを見るというシュールな体験をしているあいだ、アニメを国で括ることの意味を考えていた。東欧系のアニメ作品は監督の作家性に強く依存しているため、個人的な体験がアニメのベースになっているはずで、そこにはその国の固有性みたいなものがタグとして貼り付いていてもおかしくはない。

少し前にシャフト社から『アメリカン・カートゥーン RED』と『アメリカン・カートゥーン BLUE』というDVDが発売されていて、ここにもアメリカという国のタグが貼り付いている(全部は見てないけど)。ただ、グローバル化が進む今の世界においては、そのタグの意味はかなり薄れているようにも思える。

国の名前が冠につくようなアニメ群というのは、そのほとんどが冷戦以前に作られたものであり、国策アニメも少なくない。もしもその頃のアニメの持つ固有性が現在のアニメには見られなくなったのだとすると、では現在のアニメはどのようなタグによって消費され、語られているのだろうか? そんなことが少し気になった。これはとても難しい話な気がするので、これ以上考えるのはひとまずやめておく。

Posted by Syun Osawa at 00:16