bemod

2012年07月18日

津田大介×東浩紀トークイベント

2012年2月24日/19:00−20:50/新宿 紀伊國屋サザンシアター

正式なタイトルは「第98回紀伊國屋サザンセミナー 政治をアップデートする ? ツイッター、一般意志、未来社会」。東浩紀さんの『 一般意思2.0 』を読み終えたちょうどいいタイミングでこのイベントの存在を知ったので、久しぶりにあずまんのイベントに参加した。

東浩紀さんが20分遅刻してのスタート。久しぶりに見た二人は以前に見たときよりも似た者同士になっていた(体型的な意味で)。対談は『 一般意思2.0 』をダイジェスト的に振り返りつつ、津田さんが本の中で疑問に思ったことなどに対して東さんが答えていくというスタイルだった。こういう即興性のある応答のときの東さんはとても面白い。

東さんの主張は、弱者のためのリバタリアニズムという性格を持っている。普通、リバタリアニズム(小さな政府の志向)は弱肉強食の世界を増長させ、多くの負け組を生み出す危険性を持っていると思うのだが、その一方で、階層の固定化による「ずっと負け組」状態を防ぐ流動性も持っている。もしくは、たとえ貧乏であっても国家的なイデオロギーに縛られない自由な価値観(自分なりの幸福感)で生きることが可能かもしれない。そういう意味ではポストモダニズム的であり、僕が興味を持っているコミュニタリアニズムとは少し性格の違うものの、興味深い生き方を提示していると思った。

とはいえ、東さんはいま、若者の居場所を作るような会社を経営されている。今回のイベントで配られたチラシを見ると、彼の会社(genronと社名変更するらしい)は友の会制度を採用しており、コミュニティに対する強い意志がみてとれる。このあたりの二重戦略?も面白い。

話は変わるが、新しい政治制度の話になったとき、僕もちょっとしたアイディアが浮かんでいた。それは、政治家を陪審員裁判制度にならって無作為抽出で選ぶというものだ。そして、政党を弁護士側、公官庁を検察側になぞらえて、この両者の応報(プレゼンテーション)を見た陪審員たる政治家が最終的に判断を下すというものだ。

「政治家は誰がなっても同じ!」なんてことを言う人がけっこういるので、だったら誰でもなる可能性のある制度に変更してみたら…と思ったわけだ。積極的に政治にコミットしていたり、多くの献金を支払っている人だけが美味しい思いをする今の政治より、サイレントマジョリティの声を拾いやすいこの制度のように思うのだがどうだろうか。

Posted by Syun Osawa at 22:28