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2005年12月10日

藤田嗣治 ―「異邦人」の生涯

近藤史人/講談社/書籍

藤田嗣治 「異邦人」の生涯藤田嗣治さんは戦争画に関係した本の中でたびたび登場する。断片的なところでいろいろ語られているものが、この本で一つにまとまったという感じ。著者がNHKのプロデューサーという事もあってか、全体的にバランスが良い。特に晩年の藤田嗣治を書いた後半は、彼の人間的な振る舞いや誠実さがよく出ていて、胸にくるものがあった。

藤田嗣治さんは戦争画を描いたことの道義的責任を取って日本を追放されるわけですが、その後パリで開かれた彼の展覧会には《ゲルニカ》を描いたピカソもちゃんと見に来るんですね。他にもダリ、コクトー、ブラック、ユトリロ達とも交流が続く。大物ですよ。日本限定の大物ではなく、本物の画家ですね。そんな人がこんなにも人間的で暖かいと思うと嬉しくなるし、その人が戦争画を描いていることも大いに意味がある。僕が戦争画に興味を持っている一番の理由は、なぜ今、戦争画は描かれないのか? ということでもあるので。

この本に対して、ちょっと苦言。この本の核となる「藤田嗣治自身の書き込み」は、夏堀全弘さんというアマチュアの研究者が長年かけて研究した文章を、藤田嗣治さんに送り、その文章に藤田さんが書き込みしたものだ。夏堀さんは原稿を世に出す前に亡くなられたそうな。本書はそんな彼の原稿の藤田嗣治さんの書き込みだけをキレイに抜き出して論を展開している。作り方も上手。でも僕はちょっと嫌だった。大きな資本力と優秀な著者によって、苦労して積み上げられたものが横から上前だけハネられたように映った。

調べてみると、夏堀全弘さんの奥さんが2004年に自費出版で『 藤田嗣治芸術試論−藤田嗣治直話− 』(夏堀全弘/三好企画)という本を出版されているようだ。僕はまだ読んでいないがこちらがそうなのだろう。心情的にはこちらの本こそ読まれるべき本なのではないかという気がする。

本書の後半は、図書館に行って大型本『藤田嗣治画集−素晴らしき乳白色−』(藤田嗣治/講談社)を見ながら読んだ。どの本かは忘れたが戦争画以降の藤田の絵はダメだなんて書かれていたが、そんなことは全然ない。僕はむしろ彼がパリから凱旋した以降、秋田で描いた大壁画からの戦う猫や戦争画、人形のような子供の絵の方が大好きだ。特に晩年の絵は初めて見るものばかりだったので、本を読むのも忘れて画集に見入ってしまった。中でも《アージェ・メカニック(機械の時代)》(1958-59年/パリ市立近代美術館)という絵は、かなり僕好みの作品。

そこで少し気づいたことがある。彼が晩年に描いた「人形のような子供」の絵は奈良美智さんの絵にそっくりだ。特徴を挙げてみる。眉毛がなく、真一文字に口を閉じ、丸みのあるふっくらとした輪郭で、不機嫌そうに視線をそらせている。さらには離れた眼や口鼻のバランスまでとてもよく似ている(あくまで僕の印象ですが)。奈良さんがパクッたとかそういう話をしたいんではなく、海外で成功している日本の画家の特徴なのかもと思った次第。チラシの裏。

(関連)戦争と芸術

Posted by Syun Osawa at 23:17