bemod

2006年11月11日

石の花(全5巻)

坂口尚/1996年/講談社/文庫

石の花(全5巻)興奮を抑えながらシンプルに書く。

おそらく僕が読んだ「戦争モノ」と呼ばれるマンガの中で一番面白かった。

買ったまま放置されている戦争漫画(水木本や『虹色のトロツキー』など)も結構な数あるとはいえ、今の段階では手塚治虫さんの『アドルフに告ぐ』などを含めても『石の花』はベスト1だ。

もしもこの漫画を読んだことがなくて、これから読もうと思っている人は『 ユーゴスラヴィア現代史 』(柴宜弘/岩波書店)を先に読んでおくべきだろう。ちなみに文庫版『石の花』の解説は柴宜弘さんが書いている(しかも二人は小学校の同級生!)。

『石の花』はティトーが率いるパルチザンがナチスと戦う時代を舞台にしている。しかし、手放しで「共産党バンザイ!」と言ってみたり「ナチスは悪」と言うことでとりあえずの決着をつけようとしていない。そうした単純化を行うことを許さない「民族」という怪物は、ユーゴスラヴィアという難しい題材を選んだ時点で避けては通れないことを作者は知っている。そして、真っ向から挑んでいる。

ユーゴスラヴィアにまつわる話は難しい。この難しさは何なのか。先ほど『 ユーゴスラヴィア現代史 』を読むべきだと書いたのは、ユーゴの難しさに真っ向から挑んでいる作者の態度に対して、読者である僕も「複雑だな」と補助線を引くだけにとどまらず、もう一歩先に踏み込んだところで「憎しみ合い、人を殺すに至る」理由について考えるべきだと思うからだ。そうでなくては『アンダーワールド』も『ユリシーズの瞳』も届かないものになってしまう。

僕が坂口尚さんの作品をリアルタイムで読んでいたのは『アフタヌーン』で連載されていた『あっかんべェ一休』だけである。当時、坂口さんの過去作品を全く知らず、ただただ描線が手馴れていることが印象に残っていた。生きた線、光と影の大胆な表現。そしてどこまでもキャラクターが人間臭く洗練されておらず、そこがどうにも生々しい。そのため2次元のキャラ世界に入り込むことを許さず、キャラクターの方が読者の側に降りてきて現実を突きつけてくる。そこが学生時代の僕にはやっかいで、ちょっとだけ緊張しながら読んでいたことを思い出す。

(関連)戦争と芸術

Posted by Syun Osawa at 00:16