bemod

2007年01月11日

鉄コン筋クリート

監督:マイケル・アリアス/2006年/日本/新宿ミラノ

鉄コン筋クリートなーんか、旧懐というか…懐旧というか…。

映像は文句なく感銘を受けた。作画の感じが『 マインドゲーム 』を踏襲していて、Studio4℃らしさも出ている。また、マイケル・アリアスが特許をとっているらしい3Dのシェーディング形式についても、他の3Dアニメ以上に線画を念頭に置いており僕好み。映像だけでご飯何倍もいける感じ(つまり何度でも見れるってこと)の濃密さが良かった。

一方、内容について。

団塊の世代が映画『ALWAYS 三丁目の夕日』に懐かしさを感じたのと同様、僕はこの作品にただならぬ懐かしさを感じたのだった。

僕はこの作品を『ビッグコミックスピリッツ』の連載として読んでいた。クラスの一人がスピリッツを定期購読しており、それを全員でまわし読みしていたのだ。漫画版『鉄コン筋クリート』で松本大洋の作品にハマり、『花男』や『青い春』などを読んだ。クラスでの人気も高かった。

その当時、『鉄コン筋クリート』を楽しんでいた僕らは二つの気持ちを共有していたように思う。一つは疎外感(孤独感と言い換えても良いかもしれないが正確でない気もする)。もう一つは、自分は欠陥品であるという思い。「私はネジが足りない」の言葉に代表される。

高校生だった僕は、そうした感覚に強烈に支配されていた。その後、アニメ『エヴァンゲリオン』のブームがやってくるのだが、その頃には僕はそうしたものを卒業してしまっていた。音楽雑誌『ロッキング・オン』も漫画雑誌『アフタヌーン』から卒業した頃とも重なる。

僕の卒業の契機はインターネットだった。

ネットの登場により、現実の社会生活を営む自分(こいつはわりと上手くやる)ともう一人の疎外感を感じている自分(駄目なヤツ)とのバランスが取れるようになったからだ。みんなもそうなのだと思っていたが、現実は違った。だから僕が卒業した感覚を維持し続けている中二病(?)な人たちと自分との間にある差異が何であるのかが知りたくて、セカイ系らしきものに若干の興味を持ったりもしている(現在進行形の興味)。

僕の『鉄コン筋クリート』には前史もある。『マイ・プライベート・アイダホ』とニルヴァーナ、そしてリヴァー・フェニックスの死だ。これらは全部一つにつながっていて、僕の人格形成に多大な影響を及ぼしてしまった。だから映画『鉄コン筋クリート』から受けた印象は懐かしさ以外の何者でもなかったのだ。

今の高校生などはどういう思いでこの映画を見るのだろうか…。お洒落なサブカル映画くらいの感じで見るならいいが、この作品がリアルタイムだった僕と同じような気持ちを抱いたとしたら、それは何だか痛々しい気もする。

PS.
声優については『 時をかける少女 』同様に、違和感もあるキャラとかあるんだけど、それはそれで…。

Posted by Syun Osawa at 21:30