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2009年06月08日

創価学会・公明党「カネと品位」

福本潤一/2008年/講談社/四六

創価学会・公明党「カネと品位」僕は創価学会員でもアンチ創価学会でもない。

…と、最初に書かないといけないくらいこの国には創価学会員が多いらしい。島田裕巳『 創価学会 』と『 日本の10大新宗教 』を読んだ程度の知識しかないので、実際のところは何も知らない。

この本は元創価学会員が創価学会の内幕を書いたもので、いわゆる暴露本といわれるジャンルに属する。とくに筆者は末端の会員ではなく、東大卒の元大学教授にして元公明党の参議院議員という創価エリートであったため、大きな波紋を呼んだ。

この手の暴露本を読んでいつも感じるのは、著者の暴露する組織に対する愛である。

この愛は共産党の内側を暴露した筆坂秀世『日本共産党』でも感じたし、マフィア組織の内側を暴露したピーター・マース『アンダーボス』でも感じた。組織を愛するがゆえの暴露。この偏愛は暴露された側からしたらアンチだと感じるだろうし、ストーカーだと感じるかもしれない。しかし、愛であることには変わりないわけだから、共産党や創価学会のような思想に関わる団体は、こうした暴露があったときに単純なネガティブキャンペーンで筆者をこき下ろすのではなく、その行為の内側に秘められたものを真摯に受け止めなければならないはずだ。

ところで僕は、創価学会のネガティブな部分以上に、東大生の学会員が著者の在籍していた1975年にはすでに300人もいたことに驚かされた。少なくともそれだけの数の東大卒が毎年供給されているわけだ。これは驚きである。こうした人間が幹部候補生になっていくというエリート主義が、都市労働者や貧困層を救い上げていたはずの組織の足腰を弱めている可能性があることを島田裕巳『 創価学会 』では指摘していた。

この島田氏の考え方は説得力がある。何がその組織を組織たらしめているのかということと、どのように今ある組織を延命させるかということは、実は似ているようで結構違うように思えるからだ。そして、組織を事務的に、そしてより効率的に管理しようとすればするほど、組織たらしめている何かはその力を失っていくように思う。これは犬猿の仲である日本共産党でも同じことが言えるだろう。

あとは金の問題か。金に関しては正直者がバカを見るのは、宗教だろうが何だろうが結局は同じということか…。信心に関わらず、神様は決して僕のお金は守ってくれたりはしないのだ。

Posted by Syun Osawa at 00:48