bemod

2009年12月18日

希望を捨てる勇気

池田信夫/2009年/ダイヤモンド社/四六

希望を捨てる勇気池田信夫氏のブログはちょくちょく見ている。だから、わざわざ読む必要も無いかなと思ったんだけど、Zopeジャンキー日記 に「「時代を画するベストセラー」になるのでは」と書かれていて、たしかにタイトルも悪くないから、読んでみることにした。

書いてある内容は予想通り、池田氏のブログの延長線上にある。今の不況というのは、これまでのものとは異なるので、定番の金融政策も財政政策もあまり効果が無い。しかも、この不況に出口はなく、日本の経済は今の体制でいくとヤバいことになる。ところが、日本では、大企業の正社員や公務員になることが最もローリスクでハイリターンになるため、優秀な人たちは新しいイノベーションに掛けることも無く、既得権益にしがみついているのが現状である。それを労働組合(連合系)が下支えしてしまっている(この受け止められ方って、労働組合そのもののイメージが悪くなるので困るのだが、それはまた別の話)。ともかく、これではマズいので、雇用の流動化を推し進めて、リスクとリターンの関係をフェアにして、経済に刺激を与えつつ、この難局を乗り切っていこうというようなことが書かれている。

たしかにそう言われればそうかなとも思う。

2009年の新入社員のうち「今の会社に一生勤めようと思っている」社員の比率は55.2%と過去最高で、「社内で出世するより、自分で起業して独立したい」とする回答は14.1%と史上最低となっているらしい。こうした縮こまった社会状況では、それくらいのカンフル剤は必要なのかもしれないが、この本ではそういう大きな転換がどのような事態をもたらすかについては一切触れられていない。ぶっちゃけ、この本では「今は難しい状況だ」と言うことが繰り返し述べられているに過ぎず、経済学者としての具体性の伴った提言や、いくつかの実践を根拠にした私見が開陳されているわけでもないのだ。コンテンツ産業に関しても、

いま必要なのは、著作権を強化して既存のコンテンツ産業を保護・育成する産業政策ではなく、ネットに拡がる数千万人の著作者の想像力を生かすことだ。それをビジネスとして成立させる方法は、まだほとんど開発されていないが、そこにイノベーションの可能性もある。

といった具合で、アンドリュー・リー『 ウィキペディア・レボリューション 』等でも書いてあった一部の可能性を、誇大に受け止めて述べているに過ぎない。社会学者の稲葉振一郎氏が、Twitter上で「オポチュニストめ」と呟いていたが、まさにそのような印象を僕も受けた。

その一方で、池田氏はNHKのディレクター出身の学者だけあって、事実を利用して物語を作ることに長けており、その物語の演出として権威のある学者連中をバッタバッタと斬っていく様は、門外漢の素人には気持ちがいいものだ。だからこそブログは人気があるし、僕も面白いと思って読んでいる。役回りとしては、強めの内田樹ってことでいいんではないかと思うが、どうだろうか。

この本では、実質成長率と人口移動の間にある相関の話はとても興味深かった。似たような話が、講談社のPR誌『本 2009年11月号』に載っている。それは、電車の路線拡大と進学校の栄枯盛衰の関係について、原武史氏が書いていた文章で、都外から学校へのアクセスがよくなることで入学希望者が増えて、レベルも上がるという話だった。今はネットワークの発達によって、距離の概念が大きく変わっているが、この距離の変遷が成長率と高い相関をもたらしているのであれば、首都機能移転の議論はもう一度復活させてもいいような気がする。あと高速道路の早期建設(主に東京を迂回できる環状道路)とかね。そして、民主党のぶち挙げた高速道路無料かも、強引とはいえあながち間違った選択肢ではないと思う。

あとはバッファの話。

恐らくこれが一番重要な話だと思う。バッファという言葉は、湯浅誠『 反貧困 』で言うところの「溜め」とか、投資で言うところの「リスクヘッジ」と同じ意味で使われている。先行きがこれまで以上に不透明になっているのであれば、当然ニーズが増えるのはバッファをかせぐための方法論だろう。核家族化が自明となり、細切れのコミュニティが無限大に拡大している今の状況で、いかにバッファを確保するかは、僕のような底辺リーマンにとっては死活問題でもあるのだ。

ちなみに、「希望を捨てる勇気」という言葉は、皮肉で用いられただけで、「死ぬ勇気があれば生きろ」くらいの意味しかない。宮台真司氏の「まったり革命」を更新するような意味で使われているのかと思って期待していたので、この主題の肩透かしはちょっと残念だった。

Posted by Syun Osawa at 00:10