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2009年11月21日

谷口ジロー、メビウスとBDを語る

2009年11月14日/15:00−16:30/明治大学駿河台校舎リバティタワー1階

犬を飼う谷口ジロー作品との出会いは『犬を飼う』だった。当時、家で犬を飼っていたこともあって、漫画の中で描かれた犬と家族の交流の描写に、小学生ながら感情移入しまくった経験がある。フランスでも谷口ジロー氏の作品は読まれているらしく、『遥かなる町へ』などはフランスの小学生が読んで、親に紹介するという現象が起きているそうな。小学生が谷口作品に感情移入するというのは変な話かもしれないが、僕自身も実際に体験しているだけに、とてもよく納得できるエピソードだった(そして、別にフランスに限った話でもない)。

…とまあ、そんな谷口ジロー氏の講演会を聴きに行ったのだ。

谷口氏は石川球太氏のアシスタントをしていた頃、ガロの影響を受けて、かなりアヴァンギャルドな作品を描いていたという。いくつかの作品が紹介されていたが、たしかに画風が今と違っていて、陰影の描写などがかなりグロテスクだった。この頃の面白いエピソードとして、知り合いの女性が自費出版した絵本の絵を、谷口氏が担当していたことを話されていた。帰ってからネットで調べて見たら、これはかなり有名な話らしい。ただ、そのいきさつまではあまり知られていないようだ。

そんな谷口氏が、絵をポップなタッチに変えて「遠い声」(ビックコミック賞佳作)でデビューした後、さらなる表現の幅を模索しているところで出会ったのがBDであり、ジャン・ジロー(メビウス)だったという。そして、そのとき、この絵なら劇画ではできない表現も可能になるらしいと思ったそうな。僕は以前から、谷口氏の絵について、ポップな線でありながら、どこか劇画の雰囲気を感じていたのだが、それにはこうした経緯があったんだと今回改めて納得した。特にメビウスではなくジャン・ジローの影響を受けたというところが、そうした印象を強くしているようにも思う。

谷口氏がBDの影響を受けて、そこからメビウスとの合作『イカル』などにもつながっていくのだが、フランスでの谷口氏の受け入れられ方は、必ずしもそう一本道ではなかったようだ。というのも、BDの影響を脱色していった『坊ちゃんの時代』以降の作品が、逆にフランスでBDとして受け入れられてたらしいのだ。これは、大塚英志が『サブカルチャー文学論』のなかで、アメリカ文学を真似た村上春樹の文体が、海外では日本的だとして受容されていると指摘していた現象とも少し似ている。壇上で紹介されていたフランスで販売されている谷口氏のBDは(反転され、着色されている)、たしかに独特の空気感を持ったBDに仕上がっていた。

谷口氏の作風の変遷を見ていると、劇画から記号的キャラクターへとその作風を少しずつ変化させているように思える。初期の頃はガロに影響を受けていることからもキャラクターというよりもコマ全体での表現に主軸があるように思えるし、そこから青年誌へ移行する頃には、劇画的なキャラクターが発する感情表現が主軸に置かれていたように思える。そして、その後、表現の幅を広げるために取り入れたのが、陰影の薄いポップな絵柄である。そこでは、キャラクター自身の感情の発露というよりは、読者自身が感情移入しやすい器(装置)としてキャラクターが機能することを主軸においているように、僕には思えるのだ。

このことが、フランスのBDとどうつながるのかは僕にはわからない。なぜなら、この変遷は全く逆のような気がするからだ。BDはアート性が強く、読者をあまり意識しない。さらに、編集者と一緒に作っていくという概念がないために、孤高の作品群がバラバラに乱立しているというイメージがある。にも関わらず、より記号性を強めた谷口氏の作品が、逆にフランスで受け入れられているのは何故なんだろうか。何だかちょっと不思議な気がする。

ところで、僕の部屋で積読になっているメビウスとの合作『イカル』製作時のエピソードはなかなか興味深かった。何でもメビウス氏が用意した『イカル』の原作は、単純なストーリープロットではなく、かなり緻密に世界観を説明する文章が書かれていたらしい。ストーリープロットだけのほうがキャラクターが動きやすいのに、事細かに状況を説明されていて、そのために、それを絵にするのが逆に難しかったと谷口氏は語っていた。

これなどは、長崎尚志氏のイベント につながる話だろう。漫画原作者の長崎氏が緻密にこしらえた設定を、漫画家の浦沢氏が拒否するという エピソード だ。逆に言うと、メビウス氏はそのような細かな状況設定を作った上で、自分自身も漫画を描いているのだとしたら、たしかにフランスのBDというのは、日本の作品と比べても1コマ1コマの深度は大きいのかもしれない。そういえば、エンキ・ビラル『 ニコポル三部作 』なんかも、もの凄く中身濃い作品だったな…。

Posted by Syun Osawa at 02:07