bemod

2010年09月21日

ブリューゲル版画の世界展

2010年7月17日−8月29日/Bunkamura ザ・ミュージアム

ブリューゲル版画の世界展企画力だけで勝負する渋谷の美術館Bunkamuraザ・ミュージアム(タイトルに何度踊らされたことか…)で、敬愛するブリューゲルの絵が見れるというので勇んで見に行った。展示されていた作品が全部版画なので、これを美術館でやる意義があったのかどうかはわからないが、僕の知らないブリューゲルの世界が広がっていて完全に俺得な企画展ではあった。

「敬愛する」と書きつつ、ブリューゲルに関してはキース・ロバーツ『 ブリューゲル 』を読んだ程度で、詳しく彼の半生を知っているわけではない。《イカロスの墜落》が展示された世田谷美術館の ベルギー王立美術館展 を見に行ったときにも略歴を見たはずなのだが、彼がどのような生活をしていたかはあまり記憶に残っていなかった。

今回の展覧会を見てはっきりわかったことは、彼は画家である以上に版画家であったということだ。しかもそれらの版画は非常に物語性が強く、今で言うところの漫画に近い。実際、版画の本も出版していたようで、それなりに生活の助けになっていたのだろう。とはいえ、版画業界(何てものがあったのか?)がどの程度の規模だったのかなど、僕自身不勉強なところが多く、真意は不明である。

展示されていた版画はどれも緻密で、キャラクター性に富んでおり、現在、漫画として商業誌(青林工藝舎とか)に載っていても全く不思議ではないレベルのクオリティだった。

しかも彼はヒエロニムス・ボスの影響を色濃く受けている。ヒエロニムス・ボスといえば、ヴァルター・ボージンク『 ヒエロニムス・ボス BOSCH 』の感想でも書いたとおり、古きよきキリスト教や教養主義を愛した人である。そこで広がったキャラクター性と、即時性の強い社会風刺を織り込んだ版画による新しい表現の形が、ブリューゲル自身の絵にフィードバックされていると考えると、彼の絵が旧約聖書・新約聖書に囚われていた物語を外部に押し広げる役割をしたと考えても不思議ではないだろう。そのことは、《ベツレヘムの嬰児虐殺》などを見ても強く感じさせられる。

こういった転換の兆候は構図の中にも見て取れる。作品の主題にリアリティを持たせるために、絵の中に登場する登場人物を演出するための背景を丁寧に描き込んでいる。「これが「風景画」につながる一つの潮流である」というようなことが、会場に掲示された解説にも書かれていた。これはブリューゲルの革新性というよりも、人々の想像力が聖書を飛び越え、家族や友達という小さな関係性の世界から、より広い世界(つまり社会や自然)を含めた上で物語を消費するようになったからではないかとも考えられる。

そう考えると、美術の世界において版画家が果たした役割はかなり大きいのではないかと思うのだが、これはあくまで妄想。とりあえず、久しぶりに図録を買ったので、この図録を読みつつ、当時の版画の世界をもう少し勉強してみようと思う。

Posted by Syun Osawa at 01:10