bemod

2005年11月13日

ドキュメント戦争広告代理店 ― 情報操作とボスニア紛争

高木徹/講談社

ドキュメント戦争広告代理店もしも太平洋戦争時に描かれた『戦争画』に戦争責任を見つけるとするならば、戦争の正当性を国民に植え付けるプロパガンダとしての役割を担ってい事がそれに該当するんでしょう。その点を『 音楽・美術の戦争責任 』ではチクチクやってる。感情の面ではわからなくはないが、『戦争広告代理店』を読んだ今となっては、そういうものが全部ちっぽけなものに思えてしまう。それは毛沢東のプロパガンダ絵画でさえも同様。現代のプロパガンダは、ステルス戦闘機のように高度な技術を携えて、僕達のはるか上空を静かに飛びまわっているのだ。

この本を読もうと思ったきっかけは『 モンスターの眠り 』(エンキ・ビラル/河出書房新社)の物語の裏側に描かれていたボスニアの悲劇を読み込めなかったから。冷戦後のユーゴスラビア紛争についてほとんど知識の無い僕にとっては、クロアチアもボスニアもコソボもごっちゃになっていて、何がなんだかわからない。そこで情報を上手に操って、“悪と正義”というの小学生でもわかる対立軸に置き換えてゆく人達。それがこの本の主人公であるアメリカのPR会社なんですね。

本の中には戦争の悲劇などはまったく描かれておらず、ひたすらにメディアを使ったプロパガンダの高度な戦略が紹介されている。ボスニアの外相にテレビのニュースの尺に合わせて短く象徴的な言葉(民族浄化など)を選んで話をさせたり、国民の関心を引くためのお涙頂戴のエピソードをでっちあげたり。イラク戦争で話題になったジェシカ・リンチなんかも、こういう会社の力によるところが大きいのかもしれんなぁ。あと、チェチェン などはロシアのプロパガンダが効き過ぎて、チェチェンが悪者に仕立て上げられている。

このプロパガンダ戦略そのものに対して否定的な立場をとっても、残念ながらこの流れは変わらない。著者が文庫版のあとがきで、本の中に登場したPR会社の社員と再開したときのエピソードを紹介している。彼は日本の官庁には立ち寄らず、中国のクライアントと接触しているのだ。

先日、この本の主人公、PRエキスパートのジム・ハーフが初来日した。といっても、行き先は東京ではない。北京である。(中略)ハーフは、中国では政財界の様々な有力者と面会し、彼らがいまや資本主義者のように語ることに驚き、圧倒された、そして多くの熱心なオファーを得て興奮していると熱っぽく語った。(中略)翌朝、七十キロ先にある都心に立ち寄ることはせず、ハーフはそのままワシントンへ帰っていった。

首相の靖国神社参拝問題などは、まさにメディアの情報戦が左右しているのではないでしょうかね。僕は平民なのですぐに感情的になりますが、少なくとも政治の場にいる人は右翼左翼に関わらず、冷静に情勢を見極めて、戦略を練ってほしいなぁと思います。

ちなみにこの本を読んでもユーゴ紛争の実態についてはほとんどわかりませんでした。

(関連)戦争と芸術

Posted by Syun Osawa at 23:15