bemod

2010年01月24日

JUNKU 佐々木敦×東浩紀トークセッション

2009年1月20日/18:30−20:30/ジュンク堂 新宿店

先週の 大森望×東浩紀のトークイベント に続いて東浩紀氏の小説『 クォンタム・ファミリーズ 』関連のイベントに参加。この小説には「物語」と「物語外」が出てくるが、さらに外側の「小説外」のネタバレを2週連続で体験して、小説の楽しみ方ってこんなんでいいんだろうか?…とか思った今日この頃w

今回は、早稲田文学 十時間連続公開シンポジウム でちょっとだけ論プロが見れた佐々木氏とのトークセッションだったので、早稲田シンポ2.0的なものも期待していたんだけど、わりとマジメな語りが展開されていた。

この小説が『存在論的、郵便的』の続編として書かれたとか、小学校3年生の頃に西村京太郎を読んでいたとか、あいかわらず誰得情報全開で、そのサービス精神が素晴らしい。

中でも面白かったのは、東氏の物書きの作法についての話だ。

東氏は基本的にメモを取らない人らしい。そして、メモを見ながら緻密に構成して文章を書くのではなくて、かなり行き当たりばったりに書いているのだという。本人はそれを「無意識にかける!」と言っていて、この感覚が彼の魅力の一つでもあるなと、妙に納得した。つまり、物書きのスタンスが帰納法的ではなく、演繹法的なのだ(この話は『 考える技術としての統計学 』に書いた)。シノドスが帰納法だとすれば、思想地図は演繹法だとも言えるか。

それはともかく、いくつかの思わせぶりな言葉は、連載終了後、単行本化する際に付け加えていったものだという。後でストーリーにフラグを立てていくという行為自体がゲーム的リアリズムの再現のようでもあるし、作品自体もそうなっている。ようするに『クォンタム・ファミリーズ』は実に東浩紀的な小説だったのだw

もう一つ印象に残った話があって、それは本人がゲーム的リアリズムの小説について、「可愛く不気味なものの力によって、ループを抜けるという」という展開が創作の一つのテーマになっていると語っていたことだ。これなんて、完全に押井守の『ビューティフルドリーマー』そのものである。

他にも、ディックや小松左京の小説とか、様々な海外SF作家について言及しながら、創作のベースになるものを語られていたが、僕には押井守の影響の強さばかりが目に付いた。そして、その点については、ちょっとどうなの?…とも思ったりもする。しかし、次回は火星SFを書くらしいし、火星は押井守の外側なので違った展開も期待できそうだ。

Posted by Syun Osawa at 01:57