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2018年12月27日

第14回日本橋ストリートフェスタ2018

2018年3月18日/11:30-16:00/大阪日本橋でんでんタウン

第14回日本橋ストリートフェスタ2018

ずっと行きたかった関西最大規模のコスプレイベントにようやく参加できた。

11時頃に心斎橋に着いた頃には、すでにヲタなのか一般客なのかわからない人でごった返していた。カメラ登録が必要なイベントなので、まずカメラ登録のチケットを売っている店を探して歩いた。

ようやくチケットをゲットし、あとはひたすら撮影と思ったのだが、これが思うようにいかない。とにかく人が狭いところにぎゅーっと詰め込められていて、レフ板を広げるような状況ではぜんぜんなかった。

コミケの庭園並みに厳しい撮影環境ではあったが、上の写真のようにコミケや幕張とは違うロケーションで大きな囲みなどを撮ることができたのは大きな収穫だったと思う、関西にはあまり行く機会がないので、今後もちょくちょく通いたいと思う。

なお、ストフェスは道路をすべて歩行者天国にしてのコスプレ可能時間は12時から15時までと短い。秋葉原の歩行者天国が毎週やっていることを考えるとちょっと物足りない印象も受けた。

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安倍政権 総括

高橋彬/2017年/牧歌舎/四六

安倍政権 総括

以前お世話になった業界紙の社長が定年退職した後に出版された本である。過去にも『 痛恨の歴史時代 』など何冊か献本して頂き面白く読ませて頂いた。

前2作は歴史の中で社会主義やその運動をどう捉え、そこに現在の日本を接続していくかというようなことがテーマになっていたように思うが、今回はシンプルに長らく続く安倍政権への総括というか批判書だった。

僕自身は当初、安倍政権に対してはそれほど批判的な立場ではなかった。彼は前にも一度総理大臣を経験しており、その経験を踏まえての再登板だったことから、他の歴代総理より期待値が高かった。

実際のところ、初期の頃はその期待値通りの活躍をしていたように思う。高橋氏の見解ではそのころからすでにほころびは見えていたということだが…。現在の安倍政権に関しては僕も批判的な部分が多く、高橋氏の意見に賛同する部分も多かった。

本の内容もさることながら、80歳を越えて今なお現役で最新の本を読み込み執筆活動を続ける高橋氏のバイタリティにただただ感服するばかりだった。後半の人生をいかに生きるか?という点については僕も見習いたい部分が多い。

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伏見稲荷→泉涌寺→今熊野観音寺

2018年1月19日/12:00-16:00

家族で歩いた。

いつもは伏見稲荷の三ツ辻のあたりでUターンして帰るのだが、今回は一番奥の一ノ峰まで歩き、そこから別のルートに抜けて泉涌寺→今熊野観音寺とまわった。大学が伏見稲荷に近かったこともあってこの界隈はよく来ていたつもりだが、すべてが知らないルートで発見が多かった。

泉涌寺にも入ってみたかったが、京都らしくがっつり拝観料を取るので入り口で見送った。今熊野観音寺は無料だったので中へ。ぼけ封じ・近畿十楽観音霊場の第一番札所というのがあったので、父親の失語症が改善するようにお祈りした。

今熊野観音寺を出ると東福寺駅の近くに出てきた。知らない間にかなりの距離を歩いていたのだ。本当に京都の山は寺だらけで、歴史的にも意味のある場所しかない。

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いま世界の哲学者が考えていること

岡本裕一朗/2016年/ダイヤモンド社/四六

いま世界の哲学者が考えていること哲学と縁遠い僕のような存在にはうってつけの本だったと思う。現代思想の潮流をそれとなく感じてみたい人にとってのブックガイド(しかもかなり密度のある)という印象で、軽く語るだけならこの本を読んでさえいればそれなりに現在の哲学について語ることもできるのではないかと思うほどだった。

ただ、この本の前に東浩紀『 ゲンロン0 観光客の哲学 』を読んでしまっていたこともあって、いまの世界を具体的にどう捉えてどう導くか…といった未来への思考についてはやや浅い印象を受けた(これはまぁ当然だが…)。少し文壇というか言論界での政治的な事情ややり取りを踏まえた議論も混ざっていたのかもしれない。

読む順番を逆にすればよかったかな?

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ゲンロン0 観光客の哲学

東浩紀/2017年/株式会社ゲンロン/A5

ゲンロン0 観光客の哲学東浩紀氏の本は面白い。

この本を読んであらためてそのことを思った。ここで言う面白さというのは、発想の面白さというのとは少し違うのかもしれない。東氏の文章はとにかくわかりやすいのだ。哲学書なのでたくさんの哲学者の言葉や著書の内容が引用されるのだが、僕のような門外漢にも丁寧にそれらに解説がつけられていて、誰でも読めば最新の哲学について考えた気になれるのだ。

難しいことを難しく言う人や簡単なことを難しく言う人はたくさんいるが、難しいことを簡単に要約できる東氏の力というのは世間一般に流布しているイメージ以上の力だと思う。

郵便的マルチチュードの話はこれまでの東氏の著作の総括的なものでとても納得いくものだった。そこに家族という仕組が提示されたことも面白いと思った。かつて社会学者の鈴木謙介氏が『 サブカル・ニッポンの新自由主義 』で似たような話として地元の連れを挙げていたが、連れよりは家族のほうがずっとしっくりきた。

東氏のいう家族がしっくりきたのは、少し前に角田美代子関連の本(『 家族喰い ― 尼崎連続変死事件の真相 』や『 モンスター ― 尼崎連続殺人事件の真実 』など)を読んでいたからだ。この事件では養子縁組が巧みに利用されていたのだが、僕はそこにコミュニティの根っこがあるようにも感じていたのだ。

東氏のいう「家族」は養子縁組にも似た家族が想定されており、極端な話ペットも含まれている。そういう家族を軸に考えるというのは僕の考え方ともとても近く、ここ数年ぼんやりと考えていたことが実に明朗に書かれていてしっくりきたのだ。東氏の家族の話はコミュニティの未来を示す手がかりとして、もっと深く進めて欲しいテーマである。

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exPoP!!!!! vol.106

2018年2月22日/19:45―/1200円/渋谷o-nest

出演はAlaska Jam、Luby Sparks、showmore、TENDRE、カメレオン・ライム・ウーピーパイ。満員のexPOPへ行ったのは久しぶり。ちばからでラーメンを食べて少し遅れて行ったらLuby Sparksがやっていて入り口から人が溢れかえっていてた。Luby Sparksが終わる頃にようやく中に入ることができたので、セットチェンジで一気にいつもの場所へ。中は案外空いていた。

あるあるネタだが、バンド系のライブだと今回のように後ろに人が溜まって前がスカスカになるのだが、アイドルのライブだと前にみんな突っ込むので後ろがスカスカになる。ライブハウス的にはアイドルのライブの状態のほうがたぶんまっとうなのだと思う。

Luby Sparks

ウィスパー系の歌声。ポップでキャッチーな曲に聞き取りづらい英語詞の男女ツインボーカルだった。流行りどころ全部押さえて、さあ勝負という感じだろうか。

showmore

綺麗なお姉さん、男性のユニット。活動歴二年らしいが、それぞれのキャリアはそれ以上にあるのだと思われる。3台のシンセサイザーとドラムという構成でジャズっぽい音楽をやる面白いスタイルだった。それが曲にどの程度反映されていたのかは不明。

TENDRE

今回の中では一番人気だったと思う。凄い人だった。TENDREはampelのヴォーカル・ベーシストである河原太朗のソロプロジェクトだそうな。歌うまいしイケメンだし、バックのバンドとも仲良いし、演奏にも喋りにも余裕があるし、人気が出る理由はすんなり理解できる。

一昔前なら大人っぽ過ぎる感もあるが、今はこれくらいのノリが受け入れられているのかもしれない。ともかく声量があって歌に説得力があった。これが何より重要だね。

Alaska Jam

ラップなバンド。ミクスチャーというよりはバンドスタイルでラップをやるという感じで、だからと言って韻シストみたいなお洒落なノリというよりは、もっとキャッチーではじけていてポップな路線だった。若い女の子のファンも多かったので、こちらのバンドもかなり人気があるのだろう。

コール&レスポンスをよくやっていたのもそのあらわれ。ファンが全然いなかったらコール&レスポンスなんて心が折れるから絶対できないからね。ちゃんと返してくれるファンがいるということだ。活動歴を見るとかなり古くて8年やっているらしい。

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2018年7月26日

ワンダーフェスティバル 2018 冬

2018年2月20日/13:00-16:00/2500円/幕張メッセ

幕張メッセは遠いがイベントとしてはコミケ、ニコニコ超会議に次ぐ楽しさだと思う。レイヤーの数もさることながらフィギュアを見る楽しみがあるので、ブースを回っているだけでも一日を過ごすことができる。

…と、言いつつも、結局コスプレ撮影に多くの時間が割かれるのは、人気のレイヤーは長蛇の列ができており、そこに並ぶだけでかなりの時間を費やしてしまうからだ。最近は撮影に対するモチベーションが若干落ちていたが、今回は天気が良かったこともあってわりと頑張った(長い列に並ぶことに)。

先週行ったアコスタではX-T2にワイヤレスストロボという環境でトライしてあまり良い結果を残せなかったが、広角撮影を考えるならあの方向は間違っていない。撮影の方でもさらなるチャレンジをしたいという気持ちが少しだけ湧いたイベントだった。

普通に撮るだけならそれなりに撮れる。ただ、撮り続けないと確実に腕は落ちる。そのことも身に染みた。

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スターナイト・ヒーリング ~星に包まれた森~

2018年2月9日/20:00-20:45/1700円
/プラネタリウム“満天”in 池袋サンシャインシティ

プラネタリウムへ行ったのは何年ぶりだろう?

最後に行ったのは15年以上前だと思う。この15年の立体映像系の技術革新は目覚ましく、プロジェクションマッピングやら国立科学博物館の シアター360 など凄いものがたくさん登場している。それだけに今回のプラネタリウムにはちょっと期待感があったのだが、案外普通のプラネタリウムという感じだった。

たしかに「プラネタリウムで何を表現するか?」という部分に関しては進化しており、星座の説明をする科学教育的な側面よりもエンターテイメントには寄っていたと思う。ただ、夜空を見上げながらゆったりとしたナレーションでヒーリングを狙うというのはあまりにも策がないというか、アイディアが不足しているように感じた。

プラネタリウムは星空を疑似的に再現する装置だから星空を見せることは大前提だ。ただ、その星空をどう見せるのか? というところにもっともっと演出が効いていても良かったと思う。

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ふたご

藤崎詩織/2017年/文藝春秋/四六

ふたごSEKAI NO OWARIのキーボードを担当しているSiori氏による小説。ストーリーは私小説的だ。うがった見方をせずにそのまま捉えれば、Sioriとボーカルの深瀬との出会いからバンド結成を経てメジャーデビューに至るまでのことが書かれている。

SEKAI NO OWARIの曲は少し苦手な部分があって、「RADWINPSは聴けるけどSEKAI NO OWARIは聴けない。おっさんにはあの中二感はキツい」などと周囲の人に言ったりもしていた。その苦手な部分はこの小説にも色濃くあられていて、小説の登場人物たちの甘えた感じに僕はやや距離感を感じてしまった。

でも、今回の小説はその部分はたいして重要ではなく、Sioriとボーカルの深瀬の関係が赤裸々に描かれていたところがポイントなのだ。友達でもなく恋人でもない関係を恋人になることをお預けされているSiori側から書いた小説とも言える。

僕は幸か不幸か告白しそれを保留されたこともあるし、逆に告白されてそれを保留した経験もある。保留するにはそれぞれ事情はあるが、たいていは相手の気持ちをもともと知りながらも友達でいたいと願っていることが多いと思う。今回の場合もそのケースに近く、深瀬はもともとSioriの恋心を気づいていながらそこには触れずに良い関係を築いていたいと思っていたのかもしれない。

興味深いのは、結局主人公のなっちゃんは月島に告白しなかったことだ。これはゼロ年代っぽい気がする。告白したらこの関係が壊れることをわかっていたから、告白せずに今の関係をずっと継続していくことを望んだのだ。告白してからの大きな波こそがドラマなのだという古い感覚とは違う、今も昔も変わらないでいいという水平感というかフラット感が今っぽいといえば今っぽいのかもしれない。

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2018年6月13日

「アラビアの道-サウジアラビア王国の至宝」展

2018年1月31日/11:00-13:30/620円/東京国立博物館

「アラビアの道-サウジアラビア王国の至宝」展地道に読み継いでいるイスラム教関連の本の知識をリアルに感じるために見に行くことにした。東博の表慶館で行われていた企画展で、入口前に設置されたテントではサウジアラビアの遊牧民が食べているアラビックコーヒーとデーツ(ナツメヤシの実)がふるまわれていた。デーツの味は干し柿にちょっと似ている(かなり甘め)。

西アジア界隈は歴史が幾重にも塗り替えられており重層的なところがとても面白い。紀元前から考えると西アジアは長らく多神教の国や部族が多く住んでいて、ムハンマドがイスラム教を始めたあたりからその状況が大きく変わっていく。だから歴史的な遺物はほとんどが偶像なのに、イスラム教の隆盛以降は偶像が作られないわけだから文字が中心になっていく。そのあたりの変遷を今回の展示会では見ることができた。

アラブ民族とイスラム教はセットになっていてどの地域のアラブ民族もみんな同じと考えるのは誤りだ。部族単位で伝統的な生活様式があり、部族と言っても、都市に暮らす部族と砂漠を放浪する遊牧民では全然違うし、その違う部族同士がお互いの独立性を保ちながらたくさん交流していたのがアラブなのだ。

もっと深く知りたいという気持ちがさらに強くなった。

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