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2017年12月27日

広田弘毅 ― 「悲劇の宰相」の実像

服部龍二/2008年/中央公論新社/新書

広田弘毅 ― 「悲劇の宰相」の実像城山三郎の小説『落日燃ゆ』とは違う広田の姿を描いたノンフィクション。僕にとって引っ掛かりの多い本だった。というのも僕は自分の会社の上司がずっと広田弘毅と重なり続けていたからだ。

広田弘毅というのは「良い人」なのだろう。もしくは「優しい人」なのかもしれない。城山三郎の小説ではそんな優しい人が戦争に巻き込まれて悲劇の運命を辿ったようなストーリーになっており、そこには日本人のメンタリティがよく表れている。この本ではそうした日本人的な同情論とは違う視点で彼の実像に迫っていた。

彼は極東軍事裁判で文官で唯一死刑になった人であり、その意味は大きい。その最も大きな理由は戦争をとどまらせることができる立場にありながらそれをしなかった点で、海外では「active follower」(積極的な追随者)として厳しく批判された。

これは日本の上司でよく見かける光景だ。例えばAさんの意見とBさんの意見が異なる時、その間にいる中間管理職はその意見を調整する立場にある。ところがAさんの意見をそのままBさんに伝え、Bさんの意見をそのままAさんに伝えれば、間にいる人間はバランサーとしての調整機能を果たしているとは言えずただ情報を伝えているだけの人に過ぎない。

海外ではこういう人は「できない人」という評価を受ける。一方、日本では「優しい人」として同情を示されることがあり、出世してしまうケースも珍しくない。日本人というのはリスクを取ることを極度に嫌う傾向があるそうで、彼のように徹底して自分のリスクを回避する行為に違和感を感じない人が多いのかもしれない。そうした振る舞いが優しさに映るとすれば、日本人の優しさに含むメリット・デメリットのデメリットの部分が太平洋戦争を拡大させたと言えるかもしれない。

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