bemod

2018年1月10日

戦争画とニッポン

会田誠、椹木野衣/2015年/講談社/A5

戦争画とニッポン久しぶりに 戦争と芸術 に関する本を読んだ。

表題に「戦争画」と書かれているが具体的には太平洋戦争時に描かれた日本の戦争記録画のことだ。この記録画たちはかつて非公開とされていたために都市伝説化していたが、今ではかなりの部分が公開されている。また関連本も数多く出版されているため昔ほどの見えざる価値を持っていない(とはいえ戦争記録画だけを集めた展覧会はまだ行われてはいないが…)。

この本はそうした状況下で後発に出版された本ということもあり、後だしじゃんけん的によくまとまった内容だった。特に美術評論家の椹木氏は司馬史観のような戦後の日本を独自の視点で俯瞰した美術史観を持っており、その椹木美術史観において日本の戦争記録画は戦前と戦後を繋ぐ芸術として確固たる地位を獲得したと言えると思う。

それは当時の日本の洋画が日本画よりもずっと下に置かれていたこと無関係ではない。女性の社会進出が戦争によって進んだという皮肉と同じように、日本の洋画も戦争画をリアリズムを伴って描くことにより世間への請求力を獲得していった。これは日本の特殊な事情である。

戦争と芸術について考えるときこのことは案外重要だと思う。『戦争画とニッポン』の中で画家の会田氏が触れていたが、単純に画家が戦争画を描くという視点だけで見れば積極的に戦争を描いた画家もいれば時代の波にのまれて描かざるを得なかった画家もいる。ひとくちに画家と言ってもみんな同じなわけではない。

日本の戦争記録画が先の戦争を美化しているという意味で戦後すぐにステレオタイプな批判を受けたのは、戦争を描くことには反戦的な意図が込められていなければいけないという宗教がかった倫理観が前提にあったからだろう。日本はそういう呪縛を戦後ずっと抱えていたように思う。

最近にの本が右傾化しているということを言う人も少なくないが、むしろ戦後イデオロギーの呪縛(日本的善意の束縛?)から開放され、それなりに自由にものが言えるようになってきたのだと考えることもできる。もっともそれも新しいイデオロギーだと言われればそれまでだが、日本の戦争記録画に対する評価がこれまでと違ったもの(良くも悪くも)にっていくのは当たり前のことなのだ。その点について本の中で椹木氏も指摘していた。

(関連) 戦争と芸術

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