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2017年12月28日

画家と戦争 ― 日本美術史の中の空白(別冊太陽220)

河田明久 監修/2014年/平凡社/A4

画家と戦争 ― 日本美術史の中の空白(別冊太陽220)昔はタブー視されていた戦争画関連の話題も頻繁に書籍化されるようになったので、この本は後発のムック本と言える。そのせいもあってか情報が網羅されており、なおかつ上手に整理されていたのでとても勉強になった。特に戦時中に行われた聖戦美術展、陸軍美術展、大東亜戦争美術展などの展覧会の詳細とその代表作がピックアップされており、現実のタイムラインに沿いながら戦争画を見ることができたのはこれまでにない体験だったと思う。戦争を描く目的美術の世界は僕が思っていた以上に広がっており、軍需生産美術推進隊や女流美術家奉公隊なるマニアックなものまであったらしい。

戦争画の中で最も有名だと思われる藤田嗣治《アッツ島玉砕》は1943年の国民総力決戦美術展で公開されているので時局を考えると意外に早い時期に公開された印象を受ける。苦しむ傷痍軍人の様子を描いた宮本三郎《飢渇》も1943年の第1回陸軍美術展で公開されているので、1943年頃には「日本やばいよ…」という空気が日本中で醸成されていたのかもしれない。1942年にはミッドウェー海戦で敗れているので当然と言えば当然だろう。

陸軍美術展の第3回は1945年の4月に開催されており、かなりの客が詰め掛けていたそうな。この時期になると敗戦ムードは濃厚なはずで、客はそういう状況下で何を求めて戦争画を見に行ったのかというのは興味深いところ。大本営発表で真実を知らされていなかった国民が、最後の奇跡を信じてこうした展覧会に足を運んだのかもしれないし、この頃には娯楽らしい娯楽はほとんどなくなっていたので、せめてもの余暇という理由で足を運んだのかもしれない。

ところで、戦争記録画には戦争を描いておいたらあとは何を描いても許されるという空気はない。検閲があったはずだから当然なのかもしれないが、例えばポルノの世界ではエロさえあれば、どんな実験的な表現もOKだという自由な空間があった。エロさえおさえておけば売れるという保険があったからだ。多くの表現者たちがその保険を利用して自分のやりたいことをやった結果、エンターテイメントが進化していくという歴史と合わせて考えたとき、戦争や国民主義をアイコン的に取り上げていれば絵が世に出るということを利用した画家がどれくらいいたのか?…ということについては考える価値はあるかもしれない。

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