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2017年12月28日

殺人犯はそこにいる:隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件

清水潔/2013年/新潮社/四六

殺人犯はそこにいる:隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件日本テレビの記者による渾身のドキュメント。バラバラに扱われていた殺人事件を「北関東連続幼女誘拐殺人事件」として関連させ、そこから浮かび上がる犯人像に迫り、さらにはすでに逮捕されていた男性の冤罪を指摘して釈放に導いた経緯を書いている。大手メディアに所属する記者は記者クラブ所属で公官庁の垂れ流す情報をただ書いてるだけだと思っていたから、彼のように骨のある記者がいたことを知れたのは良かったと思う。

この本からいろいろ考えさせられた。

まず、警察の隠ぺい体質について。彼らの「社会の秩序を守りたい」という思いがおかしな結論を導き出している点が怖かった。本ではあくまで被害者の側から警察を見ているが、警察の側から見ればおそらく連続殺人犯の犯人が捕まったという情報や、DNA鑑定は絶対であるという神話こそが社会の秩序を守ると思っているはずなのだ。だからこそ、そこに決定的な誤りがあった際にその誤りに基づいてどのように組織の方針を軌道修正させていくかというのは重要な決定事項になってくるはずだが、そこでの意思決定に日本の警察が持っている独特のお役所体質が影響を及ぼしてしまう。責任回避の斥力が強すぎて事件の本質に迫るという本来の目的が消えてしまうのだ。

記者が指摘している真犯人とされる人物に関して警察は今後マークし続けることになるだろう。なぜなら、もしも彼が真犯人であり、再び事件を起こしてしまったらそれこそ重大な社会問題になりかねないからだ。事件を隠蔽しつつ真犯人に再犯を起こさせないということが彼らの考える社会秩序の方策なのかもしれない。

もう一点考えさせられたのは、幼女が絡む事件の犯人像について。ロリコン犯というとすぐに宮崎勤被告のイメージが連想されるし、メディアも世間もそういうイメージに固定化させることで気持ちの整理をしたがる傾向が強いように思う。そして警察の側もそうした世間の空気を読んでか、固定化されたイメージの犯人に仕立てて情報を提供している傾向が強い。

しかし、鈴木伸元『 性犯罪者の頭の中 』でも指摘されているが性犯罪者は多様である。そのへんにいるような普通の人であることが多いのだ(既婚者も多い)。こうしたズレが初動捜査を誤らせる可能性すらあるだろう。社会の秩序を守るという思いが「見たくないものは見ない」という悪い方向に変質していく問題は日本人が持っている負の部分そのものだろう。警察の感覚というのはあくまで世間の感覚であり、ひいては僕の感覚でもあるのかもしれないという意味で教訓にしたい。

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